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【講義レポート】GX特論Ⅰ 第5回|中山隆治特任教授「制度から読み解くGX」
2026.07.16
GX政策とエネルギー基本計画
第5回に登壇するのは、中山隆治特任教授(北海道大学大学院工学研究院・GX先導研究センター )。本講義では、「GXとは何か」を政策の現場から立体的に捉えるため、科学・国際政治・国内制度・エネルギーの物理という複数の視点を横断しながら講義が展開されました。
一見すると多岐にわたる内容ですが、それらをつなぐ一本の軸は「GXを社会実装するための制度設計」にあたります。特に4層構造を踏まえることで、政策の背景と実装の意味が立体的に理解できるようになります。一見複雑に見えるGX政策ですが、一つずつ紐解いていきましょう。

①科学的事実
「99.7%の科学的合意」が示すもの
すべての議論の出発点は、科学的な事実を直視することです。産業革命以降、地球のCO₂濃度は過去65万年間で例を見ないレベルに達しており、温室効果が「効きすぎている」のが現在の地球温暖化です。
学術論文の99.7%は温暖化を肯定している、にも関わらず、ネット上には「太陽活動説」や「氷河期周期説」といった気候変動懐疑論が流れています。
「地球温暖化に懐疑的な方はいますか」

中山教授が学生たちに投げかけた問い…
『科学的な話に粉飾した懐疑論』に惑わされないよう警鐘を鳴らします。
温暖化の影響は、すでに農業(米の白未熟粒や果物の品質低下)や生態系のミスマッチ、そして異常気象といった形で実害が出ています。北海道でもエゾシカの増加やヒグマの出没、カラフトマスやサケが遡上しなくなるといった変化が実際に起きています。
そのため、対策は排出を減らす「緩和」だけでなく、既に避けられない気候変動に対して社会のあり方を変えて備える「適応」が不可欠です。そしてこの「適応」への投資こそが、企業にとっては新たなビジネスの種(新規市場)となると中山教授は語ります。
一方で、日本のCO2排出量は世界第5位(講義資料では2018年データを使用)であり、私たちは地球温暖化の「被害者」であると同時に、それを加速させている当事者だという事実を突きつけます。
②国際政治・経済
気候変動・GX政策の主要な歴史(1988~2025)
1988 IPCC発足(国際交渉の始まり)
1997 COP3 京都議定書採択
2015 COP21 パリ協定採択
2020 日本が2050年CN(カーボンニュートラル)を宣言
2021 2030年温室効果ガス46%(2013年比)を表明
2022 エネルギー価格高騰・国際情勢の変化
この歴史の最大の転換点は、「先進国だけに義務を課した枠組み(京都議定書)」から、「すべての国が参加する公平な枠組み(パリ協定)」への移行です。日本もこの国際的な流れを受け、2020年に「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。
現在の脱炭素を動かしているのは、政府だけではありません。「ESG投資」の世界的拡大や、Appleがサプライチェーン全体に再エネ利用を迫る通称「Appleショック」など、民間市場からの経済的圧力が、国境を越えて同時多発的に脱炭素化を加速させています。日本国内でも、トヨタ自動車がサプライヤーに対してGHG削減を要求している具体的事例も紹介されました。
③国内制度
日本はどのように実装するのか
日本では、GX推進法やGX脱炭素電源法(*1)、そして世界初の国家が発行するトランジッションボンドである「GX経済移行債」の発行(*2)など、脱炭素に向けた制度設計が急速に進んでいます。ここで鍵となるのが、理念を現場へと落とし込むための「実装の仕組み」です。講義では、大きく分けて「地域」と「市場(経済)」の2つのアプローチが紹介されました。
1.地域から始まる「脱炭素ドミノ」
2030年までの10年を勝負の期間と捉え、地域単位でエネルギーを融通し合いながら全国へ広げていく「地域脱炭素(脱炭素ドミノ)」(*3)というアプローチです。その推進体制を支えるのが「国・地方脱炭素実現会議」です。環境省の試算では、日本の再エネポテンシャルは「現在の電力供給量の最大2倍」にのぼります。
「地域再エネの活用は、年間約17兆円の化石燃料輸入(2019年、財務省貿易統計)による国富流出の抑制、地域内での資金循環、雇用創出、災害時のレジリエンス(強靱性)向上にもなる」

地域経済や防災にも寄与し得るという多面的な効果の可能性を強調する中山教授
2.経済を動かす「カーボンプライシング(CP)」の先取り
もう一つの重要な仕組みが、二酸化炭素の排出に価格をつける「カーボンプライシング」(*4)です。
GXは決して「補助金の寄せ集め」ではありません。国が「GX経済移行債」を原資に、企業の脱炭素投資を先行して巨額サポートする一方で、将来(2028年度以降)は化石燃料の輸入事業者に「化石燃料賦課金」を課し、さらに、「排出量取引制度」を稼働させ、その利用者に対して「特定事業者負担金」を求めるというカーボンプライシングの仕組みがセットになっています。
これらの「先に投資を支援し、後から排出量に応じて負担してもらう」というアメと、さらにはムチ(規制的措置)もが一体となったロードマップが、すでに精緻に組み込まれているのです。これによって企業や社会に対して、単なるマインドの変革ではなく、経済的な合理性に基づいた変革を促す仕組みになっています。
④エネルギー政策
S+3Eの理想と、現場が直面する制約
GXの社会実装において、最も「理想と現実」のギャップが露わになるのがエネルギー政策の現場です。エネルギー政策は「安全性+安定供給+経済効率+環境適合」の4要素、すなわちS+3E(*5)のバランスを追求することが理想とされています。しかし、現場では「同時同量」「原発の時間制約」「自然保護との空間制約」「熱対策の欠落」といった物理的・構造的な限界が立ちはだかります。
時間的制約(原発)
新規原発には約20年を要し、運転延長を考慮しても2040~2050年の目標達成には困難が伴う
🔷中山教授の指摘
「もう間に合わないのではないか」という現実的疑問の提示
空間的制約(再エネと自然保護)
再エネ開発が自然保護と衝突するケースが多く、国の数値目標と地球現場の実情に乖離
🔷中山教授の指摘
自然保護との対立という構造的課題
熱エネルギーの視点欠如
政策議論が電力中心で、日本のエネルギー消費の多くを占める「「熱(再生可能エネルギー熱)」が軽視されている
🔷中山教授の指摘
「熱対策が抜け落ちている」との懸念
第7次エネルギー基本計画(*6)(2025年2月閣議決定)では、東日本大震災および福島第一原発事故から約14年が経過し、ALPS処理水の放出や燃料デブリの取り出しなど「福島の復興」を原点としつつも、今回の計画からは過去の「可能な限り原発依存を低減する」という表現が削除されました。
中山教授は、すでに20%は2030年の電源構成として示されており、同時に「再稼働可能な原発をすべて動かせば20%になる」ことから、文言の削除はあっても国の方針の大きな変化はないと指摘します。
エネルギー基本計画は、単なる未来の「予測」ではなく、実社会において未来をどう変えるかという「政策目標」です。2040年に向けて、様々な制約と折り合いをつけながら、GXを推進する政策・投資・制度を誘導する、という政府の強い意志を示すものです。中山教授は、こうした現実を踏まえて、政策を正しく読み解く力の大切さを教えてくれました。

GXは制度設計である
①科学的事実、②国際政治の動向、③国内制度、④エネルギー政策 — この4層構造を紐解くと、私たちが日頃、目にする選択肢や技術は、決して独立して存在しているわけではないことが見えてきます。
「科学」が地球環境の現実を証明し、それを受けて「国際政治」が世界の潮流を決定づけます。その潮流を社会の仕組みに落とし込むために「国内制度」が設計され、初めて具体的な「エネルギー政策」として現場で実装されます。
GXとは、この4つの要素を結びつけ、社会実装へ導くための国家プロジェクトです。中山教授が伝えたかったのは、個別の政策や技術を点としてとらえるのではなく、この制度設計の全体像を俯瞰する「視座」だったのではないでしょうか。
次回の「GX特論Ⅰ」予告
- 日時: 7月15日(水)18時15分~
- テーマ: 再生可能エネルギーの立地と課題
- 講師: 公益財団法人 北海道環境財団 久保田 学 氏
- 内容: 社会問題化している再エネ開発と自然保護・地域社会とのトレードオフについて学びます。お楽しみに!
【用語解説】
(*1)GX推進法・GX脱炭素電源法
2023年に成立した、日本のGX(グリーントランスフォーメーション)を推進するための法制度。GX推進法は「GX経済移行債」の発行や「成長志向型カーボンプライシング構想」の枠組みを規定し、GX脱炭素電源法は原子力発電の運転期間延長や再稼働を含む脱炭素電源の活用を定める。両法が一体となって、GXを実行するための制度的な土台をつくっている。
(*2)GX経済移行債
政府が2023年度から10年間で発行する、世界初の「GX専用国債」。企業の脱炭素投資を先行して大規模に支援する原資として使われ、将来的には化石燃料賦課金や特定事業者負担金によって償還される計画になっている。「先に投資支援、後から負担」というGX政策全体のロードマップの中核を担う。
(*3)地域循環共生圏/脱炭素ドミノ
地域が持つ再生可能エネルギーなどの資源を活用し、経済を域内で循環させながら脱炭素化を進める環境省の政策構想。2030年までの取組を「地域脱炭素(脱炭素ドミノ)」として全国へ波及させることを目指しており、その推進体制を「国・地方脱炭素実現会議」が支えている。
(*4)カーボンプライシング(CP)
二酸化炭素の排出そのものに価格をつけ、排出削減へのインセンティブを生み出す政策手法の総称。日本のGX政策では、2028年度から化石燃料輸入事業者に課される「化石燃料賦課金」と、その後に発電事業者へ求められる「特定事業者負担金」という2段階の制度が予定されている。単なる規制ではなく、事前に脱炭素投資を支援した上で、後から排出量に応じた負担を求める設計になっている点が特徴。
(*5)S+3E
エネルギー政策を考える上での大前提となる4つの視点(Safety, Energy Security, Economic Efficiency, Environment)のこと。国はこれらすべてのバランスを取るために、複数のシナリオを描いている。
- 安全性(Safety) 事故のリスクを排除できるか
- 安定供給(Energy Security) 必要な量を確保できるか
- 経済効率(Economic Efficiency) 低コストで供給できるか
- 環境適合(Environment) 地球環境への負荷は抑えられるか
(*6)第7次エネルギー基本計画
2025年2月に閣議決定された、日本のエネルギー政策の方向性を定める政府の最重要計画。2040年度の電源構成として「再エネ4〜5割、原発20%」という目標を掲げる一方、原発の新規建設に要する時間的制約や、再エネ開発と自然保護との空間的制約など、目標と現場の実態との間にギャップが残る点も指摘されている。
【出典】
【参考資料】
環境省「地域における再エネの意義と課題解決にむけて」(2021年)