北海道大学グリーントランスフォーメーション先導研究センター

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【講義レポート】GX特論Ⅰ第7回|中山隆治特任教授「GXからネイチャーポジティブへ」

2026.07.28

第7回の講義では、GXのもう一つの軸である「自然資本・生物多様性」に焦点が当てられました。

脱炭素中心の議論では見えにくい“自然との関係性の再設計”を、制度・国際潮流・企業実務の観点から読み解く回です。

第5回の「脱炭素・エネルギー政策」と並ぶ、GXの全体像を理解するための重要なテーマとなりました。

1. 自然資本は、社会と経済の基盤

自然は資源・人類共有の財産であり、人間も生態系の中で生きています。

「人間社会は、生物多様性の上に成り立っている。つまり生物多様性は人類生存の基盤です」

すべての土台となる「自然資本」と「生物多様性」の捉え方について解説がなされました。

「同じサービスがあれば代替できる」という落とし穴

生態系サービスを考える際、「同じようなサービスが別の場所から得られるのであれば、その生態系が失われてもよい」と考えてしまうことがあります。

しかし、中山教授は、この考え方をしてはならない、と指摘します。生態系サービスは、供給量だけでなく、どこで供給され、誰がどこで必要としているのかという需給の条件にも左右されるため、別の場所に同じサービスが存在していても、失われた生態系を単純に代替できるとは限りません。

また、生態系は個々のサービスを切り離して存在しているわけではありません。生物多様性を含む生態系そのものの機能やつながりを考えれば、自然を「サービスの供給源」としてのみ評価することにも限界があります。

2. 生物多様性が失われるとき、何が起きているのか

日本の生物多様性は、生物多様性国家戦略(閣議決定)が整理する「4つの危機」にさらされています。

第1の危機:開発や乱獲による種の減少・絶滅(戦後、干潟面積の約4割が消滅)

第2の危機:里地里山など人の手入れが行き届かなくなったことによる自然の質の低下

第3の危機:外来生物による生態系のかく乱

第4の危機:気候変動(温暖化)による生物の分布域や生物季節の変化

北海道でもこの危機は具体的な姿で現れています。

エゾシカの推定生息数は増加が続き、令和5年度には73万頭に達しました。

近年は市街地へのヒグマの出没も相次いでおり、人と野生動物の距離そのものが変化してきていることを示す事例です。

中山教授は、これらの背景には高度経済成長に伴う産業構造の変化(一次産業から二次・三次産業への移行)、地方の過疎化、そして人々の自然体験機会の減少といった、社会全体の構造変化があることを指摘します。つまり、生物多様性の危機は単なる自然環境の変化ではなく「人間社会のあり方と自然との関わり方が根本から変化したこと」が引き起こしているのです。

3. 脱炭素と自然保全は、両立するのか

中山教授は

「環境要素の間には『トレードオフ』の関係がある」

と明言します。

つまり、脱炭素のための行為が、同時に自然への負荷を生む場合があるということです。環境要素は互いに独立ではなく、常に“関係性の中で最適解を探す”必要があります。

「どちらを立てるか」「中を取るか」は、地域環境の状況と関係者の意見を踏まえて適切に判断するほかありません。そして非常に重要な指摘がありました。

「事業者は、環境保全上のメリットだけをとらえて、デメリットから目をそらしてはいけない。企業はメリットだけPRするところがまだまだ多い」

4. ネイチャーポジティブという考え方

ネイチャーポジティブ(自然再興)とは、「生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せること」を指します。

国際的には、2022年のCOP15で採択された昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)が、陸と海の少なくとも30%を2030年までに保全する「30by30」など世界目標を掲げています。国内でもその受け皿として「自然共生サイト」認定制度が2023年度から始まったほか、生物多様性国家戦略2023-2030のもとで2024年に「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が公表され、自然の保全を経営の重要課題として位置づける「ネイチャーポジティブ経営」への移行が求められています。

ここで中山教授は、ネイチャーポジティブという言葉の性質について、ひとつの重要な見立てを示しました。

気候変動対策・生物多様性保全・ESG金融・GXといった既存の動きが「ネイチャーポジティブ」という言葉のもとに束ねられることで起きているのは、自然を守る主体が行政や環境部門だけでなく、企業・金融・個人にまで拡大していくことです。

ネイチャーポジティブという言葉自体に新しい実体があるというより、「既にある取り組みを結び直し、担い手を広げるための旗印」として機能しているのです。

5. 企業活動と自然との関係を「見える化」する

企業は自然に「影響」を与えるだけではなく、自然に「依存」して成り立っています。

「環境に良いことをしています」とPRするだけではなく、自社は自然に何を依存し、何に影響を与えているのかを把握する。そこから生じるリスクや機会を捉え、経営判断につなげていくことが重要になります。

その関係を可視化し、経営判断につなげていくための枠組みがTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)です。ESG投資が世界的に急拡大する中、気候関連の情報開示(TCFD)に続き、自然版の枠組みとして登場しました。日本企業はTNFDに先行的に取り組む企業群「TNFD Early Adopters」への登録数が世界トップクラスであり、2025年7月時点で181社が名を連ねています。

具体的には、企業の自然への「依存」「影響(インパクト)」、そこから生じる「リスク」と「機会」を整理し、企業と自然資本との関係の上での重要点「マテリアリティ」を特定し、「LEAPアプローチ(Locate/Evaluate/Assess/Prepare)」を通じて、開示へとつなげていきます。

中山教授は、TNFDの位置づけをこう明確に言い表します。

「TNFDは、環境アセスメントに似ている」

環境アセスメントとは、開発事業が環境に与える影響を事前に評価し、住民や関係機関の意見を得て、意思決定に反映させる制度のことです。

この言葉を聞いて、私はTNFDを次のようにとらえました。環境アセスメントが「事業ごとの影響評価と住民等との意見の意思決定への反映」であるなら、TNFDは「企業全体の自然との関係性を可視化し、投資家の反応を見つつ、経営判断に組み込む仕組み」と言えるのではないか。

事業者の「性善説」や都合の良いPRだけに頼るのではなく、環境コンサルタントが、単なる受注者ではなく「ニュートラルな技術者」として関わること。これは、より良い事業・企業経営を目指すための、事業者と社会(投資家・地域住民)のコミュニケーションツールとして機能させるうえで、重要になっていくのではないでしょうか。

6. GXを気候だけでなく自然まで含めて考える

今回の講義で扱われたのは、科学的事実(生物多様性の危機)から国際的潮流(GBF、30by30)、国内制度(生物多様性国家戦略、自然共生サイト)、そして産業実務への実装(TNFD、LEAP)へとつながる、自然をめぐる課題が社会に実装されていく一連の流れでした。

では、こうした自然をめぐる取り組みを、GX全体の中でどのように捉えればよいのでしょう。GXを考える際には、GHG排出量など「量」で捉えやすい気候変動の視点(CN)と、生物多様性や自然資本との複雑な関係を捉える視点(NP)の両方が必要になります。

CNとNPは、対象も評価手法も異なります。

しかし、この二つは独立した課題ではありません。第3章で見たように、脱炭素の取組が自然への負荷につながる場合もあります。一方で、気候変動そのものも生物多様性の損失を加速させる要因の一つです。CNとNPは別々の課題ではなく、相互に影響し合う関係にあります。

GXを、単にGHG排出量を削減するための政策や技術の転換として捉えるのではなく、人間社会と自然との関係そのものを持続可能なものへと転換していく取り組みとして捉えることが、これからますます重要になるのではないでしょうか。

「GX特論Ⅰ」予告

日時:7月29日(水)18時15分~

テーマ:GHG排出量算定~北海道大学における取り組み

講師:平 裕 講師(名古屋大学 施設・環境計画推進室)

排出量算定方法について、北大の身近な例をもとにお伝えします。

【用語解説】

自然資本 自然環境や生態系が持つ、人類の社会・経済活動を支える資本のこと。森林・海洋・土壌・生物多様性などが含まれる。

昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)と30by30 2022年のCOP15で採択された2030年までの世界目標。「30by30」はそのうち、陸と海の少なくとも30%を2030年までに保全することを目指す目標。

自然共生サイト 30by30の国内の受け皿として環境省が2023年度に創設した認定制度。企業緑地や里地里山など、生物多様性の保全に貢献している場所を認定する。

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース) 企業の自然への依存・影響と、そこから生じるリスク・機会の開示を促す国際的な枠組み。気候版のTCFDに対応する自然版にあたる。

LEAPアプローチ TNFDが示す開示のための実務手法。Locate(発見)・Evaluate(診断)・Assess(評価)・Prepare(準備)の4段階で、自然との関係のマテリアリティを特定する。

【参考文献・出典】

【参考資料】

【公開資料】第7回「GXからネイチャーポジティブへ」講義レポート(PDF版)

【免責事項】本記事は2026年7月22日時点の講義に基づき、個人の見解を記しているものであり、将来の予測を保証するものではありません。最新の動向や公的な判断については、関係各所の一次情報をご参照ください。

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