北海道大学グリーントランスフォーメーション先導研究センター

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【講義レポート】GX特論Ⅰ 第8回|平 裕講師「GHG排出量算定」

2026.08.10

全8回にわたってお届けしてきた『GX特論I』の最終回。テーマは「GHG排出量算定」です。これまで学んできた理念、制度、技術といった全体像を、いかにして「大学という組織の実務」へ着地させるか。

GXを社会に実装するための第一歩は、自らの組織がどこから、どれだけの温室効果ガス(GHG)を排出しているのかを正確に把握することから始まります。

本講義では、北海道大学のGHGインベントリ構築をゼロから主導された平裕先生をお迎えし、建築設計の実務経験を経て着任された先生が、キャンパスを一つの「まち」として捉える視点からインベントリ構築を進められた経緯、データ可視化の裏側にあるご苦労、そして今後のGX実践に広がる可能性について伺いました。

1. 削減策を講じる前提として“減らすべき量”を知る

脱炭素化の取り組みにおいて、最初の一歩となるのが現状の把握です。平講師は、カーボンニュートラル(CN)の実現には以下の4つの工程を回し続けるサイクルが不可欠であると説明します。

 ①算定: 自組織の排出構造と排出量を正確に把握する

 ②削減: 省エネや再エネ導入などによる直接的な排出削減

 ③オフセット: 削減しきれない分についての吸収量等による補填

 ④検証・公表: 算定結果とプロセスを外部へ透明性高く開示する

最初の「算定」が曖昧なままでは、講じるべき削減策そのものが的外れになってしまいます。「減らすべき対象を正確に知ること」こそが、脱炭素に取り組むすべての組織における出発点となります。

2.国内大学に共通する3つの弱点

1. 算定対象ガスの限界: CO₂のみに限られ、他の温室効果ガスが除外されていた。

2. 対象活動の限定: エネルギー使用に伴う排出のみに留まっていた。

3. データの再現性・信頼性: 報告書ごとにデータの扱い方や算定基準が異なっていた。

3. 確かな方法論・包括性・透明性——北大GHGインベントリの3つの特徴

こうした従来の課題に対し、北海道大学が整備したのが「オール北大の、包括的で再現性の高いGHGデータベース」です。

確かな方法論

国際基準である「GHGプロトコル」に準拠しつつ、国内のマニュアルやガイドラインを参照。算定対象範囲、作成体制、算定プロセスを一つひと つ明文化・標準化

包括性の確保

パリ協定対象の7ガス(CO₂, CH₄, N₂O, HFCs, PFCs, SF₆, NF₃)すべてを対象とし、Scope1・2・3の全範囲をカバー。学内の約50の排出源を特定し、精査。

算定過程・エビデンスの明記

約50の排出源ごとに算定過程やエビデンスデータを体系的に可視化。各排出源の算定結果を誰もが追跡・検証できるトレーサビリティを確保。

4.北海道大学のGHG排出量(2022年度)と将来リスク

算定の結果、2022年度における北海道大学全体の総排出量は275,820 t-CO₂eであることが明らかになりました。

Scope 1+2(直接排出+エネルギー起源間接排出): 約10万トン(全体の約36%)

 Scope 3(サプライチェーン等の他社起源間接排出): 約18万トン(全体の約64%)

最も排出量が大きかったのはScope 3カテゴリ1「購入した製品・サービス」(94,071 t-CO₂e)、次いでScope 2「電気の使用」(64,976 t-CO₂e)でした。排出量の過半が「自組織の外側」で生じていることがデータによって実証されています。

さらに、2026年度から段階的に導入されるカーボンプライシング制度を踏まえると、エネルギー起源CO₂(Scope 1・2)のみでも年間3億円弱の財務負担増が見込まれる試算が示されました。排出量の算定は、単なる環境データ管理にとどまらず、将来の財務リスクを予測するための「意思決定の言語」でもあるのです。

5. データの品質改善とDX推進

インベントリの運用・更新に向けた課題として、平講師は以下の2点を挙げました。

① 物量データへの移行: 「金額データ(金額×排出係数)」は収集しやすいものの物価変動の影響を受けるため、施策の効果を正確に反映できる「物量データ(使用量や重量等)」の置き換えを進める。

② データ収集のDX化: 現行のメールやヒアリングによる収集作業から、全学的なシステム化・データ収集ルールの統一を図り、業務の省力化と品質均一化を実現する。

6. 測るから、変えるへ——学内施設(ICReDD棟)での実践

排出構造の可視化は、実効性のある削減策を導き出します。Scope 1・2の約6割を占める空調負荷に対し、平講師が基本計画を担当した「北キャンパス総合研究棟8号館(ICReDD棟)」を題材に、サステイナブル建築の取り組みが紹介されました。

自然条件を活かした設計や最新の省エネ技術を組み合わせることで、基準比50%以上の一次エネルギー消費削減を達成した「ZEB Ready」モデルとして、今後の学内施設更新における重要な先行指標となっています。

7. 「測った後、どう変えるのか」—学生との対話から見えた未来

講義後半の質疑応答では、学生から「可視化された数字を今後どう削減に繋げていくのか」という本質的な問いが投げかけられました。

北大では、インベントリ策定を経て、2025年度に「Climate Action Plan」を策定、2030年度までのScope1・2排出量51%削減、2050年カーボンニュートラルを目標に掲げていますが、その実現には、インベントリで可視化された排出実態に基づき、着実に削減施策を実行していくことの重要性が示されました。

また、研究林などの森林資源によるCO2吸収量については、現時点では安易に目標へ算入するのではなく、測定手法の確立や保全基盤の構築を優先する考え方が示されました。

加えて、Scope 3削減におけるサプライチェーン上のパートナーとの協働や、ICReDD棟のような個別実践を全学整備へ展開していくプロセスの重要性など、多角的な議論が交わされました。

インベントリの完成はゴールではなく、実行フェーズへの「スタート地点」に他なりません。

最後に平講師から学生たちに向けて次のように語りました。

「皆さんが社会に出るとき、立場が違っても、何かしらの形で気候変動対策やGHG削減に関わることになっていくと思う」

学生たちにエールを送る平講師

長い時間をかけてインベントリを構築した今、北海道大学のGXは「排出量を測る段階」から「どこを、誰が、どう変えるかという実行段階」へと本格的に移行しつつあります。

提示されたデータという「共通言語」を手に、立場を超えて対話を重ね、具体的な削減へと踏み出していくこと。

全8回にわたる『GX特論I』の講義は、未来に向けた実践への力強い一歩を示して幕を閉じました。

【用語解説】

GHGインベントリ
組織や国が排出する温室効果ガス(Greenhouse Gas)の排出量に関する目録・データベースのこと。北海道大学GHGインベントリは、大学の温室効果ガス排出量を体系的に整理したデータベースを指す。

Scope1・2・3
GHGプロトコルが定める排出区分。Scope1は事業者自らの直接排出(燃料の使用など)、Scope2は電気・熱の使用に伴う間接排出、Scope3はScope1・2以外の間接排出(出張、通勤、購入した製品・サービスなど)を指す。

7ガス
パリ協定に基づき算定対象とされる7種類の温室効果ガス。CO2(二酸化炭素)、CH4(メタン)、N2O(一酸化二窒素)、HFCs(ハイドロフルオロカーボン類)、PFCs(パーフルオロカーボン類)、SF6(六フッ化硫黄)、NF3(三フッ化窒素)から成る。

GHGプロトコル
WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)とWRI(世界資源研究所)が策定した、温室効果ガス排出量の算定・報告に関する国際的な基準。企業や組織のGHGインベントリ作成における事実上の国際標準として広く採用されている。

GX推進法
2023年5月に成立した「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」の略称。カーボンプライシング制度の導入や、今後10年間で20兆円規模のGX経済移行債による政府支援などを定める。

カーボンプライシング
CO2排出に価格を付け、排出者の経済的負担とすることで排出削減を促す政策手法。GX推進法では、排出量取引制度(GX-ETS)と化石燃料賦課金の2種類の制度導入が定められている。

ICReDD(化学反応創成研究拠点)
北海道大学の研究拠点。議論(Discussion)・計算/情報分析(Computation/Information)・実験(Experiment)を融合させ、化学反応の本質的理解と高速開発を目指す。平講師が施設・環境計画を担当した建物としても紹介されている。

ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)Ready
建物の一次エネルギー消費量を、省エネ技術の導入により基準比で50%以上削減した建築物に与えられる区分。創エネルギーを加えず、省エネ技術のみでこの水準を達成した状態を指す。

参考文献・出典

【参考資料】

【公開資料】第8回「GHG排出量算定~北海道大学における取組み」講義レポート(PDF版)

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