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【講義レポート】GX特論Ⅰ 第3回|大城 賢准教授「正解のない未来をどう考えるか」
2026.06.25
世界・日本の脱炭素化に向けたエネルギーシナリオ分析
第3回の講義には、環境工学の専門知と、シンクタンクでの温暖化対策の実務経験を併せ持つエネルギーシステム分析のエキスパート、大城 賢准教授(北海道大学大学院地球環境科学研究院)が登壇しました。政府の気候変動対策やエネルギーシステムモデルの開発に長年携わり、京都大学では水素やCCU(CO₂回収・有効利用)など次世代技術の評価にも従事。現在は、科学的エビデンスに基づくシステム分析を通じてGX研究に取り組んでいます。
「正解」はひとつではない
講義の冒頭で大城准教授は、こう語りかけます。
「脱炭素社会に向けた道筋は複数あり、それぞれに利点と欠点がある。決してひとつの正解があるわけではない」

環境工学という専門(木)を持ち、統合評価モデルで社会システム全体(森)を見渡す、その視点が大城准教授の研究の真髄です。
再生可能エネルギー、水素、CCUといった個別技術は、コスト、土地利用、資源制約、産業構造など、社会の多様な要素と複雑に絡み合っています。
必要なのは、技術単体ではなく、社会システム全体を俯瞰する視点です。大城准教授は、AIM(Asia-Pacific Integrated Model)と呼ばれる統合評価モデルを用いて、複数の将来シナリオを描き出します。
なぜシナリオ分析が必要か
2015年のパリ協定以降、世界は平均気温上昇を1.5℃に抑える長期目標を掲げました。日本も2030年度46%削減、2050年カーボンニュートラル宣言をし、GX戦略を推進しています。再生可能エネルギーの急速な普及は、脱炭素化への期待を高めています。
しかし大城准教授は学生に問いかけます。
「この流れだけでゼロ排出は達成できるのだろうか」

石狩湾新港に浮かぶ洋上風力発電
エネルギーは発電だけで完結しません。発電所で生み出された電力は、送電網を通じて家庭や産業へ届けられ、燃料供給や輸送システムとも密接に結びついています。
こうした複雑な構造を定量的にとらえるために活躍するのが、統合評価モデルやエネルギーシステムモデルです。これらのモデルでは、将来のエネルギー需給やCO₂排出量を計算し、異なる政策や条件のもとで社会がどの方向へ進み得るのかを比較する。それを「シナリオ」と呼びます。シナリオは未来を予言するものではなく、意思決定の材料を提供するためのツールなのです。
GXを再定義する
GXとは、単に再生可能エネルギーを増やすことではありません。エネルギーの生産から消費までを含む社会システム全体を変革することです。現代社会の温室効果ガス排出の大半は、エネルギーの生産・輸送・消費に由来します。 経済産業省はGXを「社会システムそのものを変革する産業戦略」と位置付けています。大城准教授は、エネルギー・経済・社会の相互作用を踏まえ、複数のシナリオを比較しながら、実現可能性のある将来像を描くことが大切だと言います。
複数の未来像を考える
次に、大城准教授はシナリオを3つ提示し、それぞれの特徴を示しました。

3つのシナリオを比較すると見えてくるのは、「どれか一つが正解」という世界ではなく、社会がどの価値を優先するかによって最適解が変わるという現実です。
ネガティブエミッション(除去技術)に依存するシナリオA
排出削減の即効性がある一方、技術成熟度やコストの不確実性が大きい。
行動変容を軸とするシナリオB
社会的負担を抑えられる可能性があるものの、生活様式の大きな変化を伴う。
技術革新に期待するシナリオC
経済成長との両立が魅力だが、技術開発のスピードに左右されるリスクがある。
こうした“価値の選択”こそが、GXの本質的な難しさであり、同時に社会として向き合うべき問いなのです。
主体的な視点を持つことの重要性
講義の冒頭で示された「正解は一つではない」という言葉は、科学的知見を前提としながらも、社会がどの価値を優先するかによって未来が変わることを示していました。
シナリオ分析とは、未来を予測するためではなく、私たち自身がどの未来を選ぶのかを考える手法なのです。大城准教授の研究は、その選択を支える科学的根拠を提供することで、GX時代の意思決定に貢献しています。
北海道大学GX先導研究センターもまた、こうした最先端の研究と教育を通じて、学生や若手研究者が複雑な社会課題を多角的に捉え、科学的知見をもとに、自ら未来を構想できる人材育成を目指していきます。
次回の「GX特論Ⅰ」予告
日時:7月1日(水)18時15分~
テーマ:電力システムの基礎とエネルギー転換
次回は、大城准教授の講義で得た“エネルギーシステム全体を見る視点”を踏まえ、電力がどのように安定して届けられているのか。そして、再エネ時代に電力システムはどう変わっていくのかを、北教授と共に深く読み解きます。
【用語解説】
大規模シミュレーションモデル AIM(Asia-Pacific Integrated Model)
本講義で扱う大規模シミュレーションは、AIM(Asia-Pacific Integrated Model)と呼ばれる、アジア太平洋地域を中心に開発された国際的な統合評価モデルのこと。単に未来を予測するツールではなく、技術や政策の前提条件を変えることで、「どの道を選べば、どんな結果になるか」という無数のシナリオを比較する「シミュレーション」のこと。国が掲げるGX戦略を、現実の技術や経済の「数値」で検証し、評価する。
IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、世界中の最新の科学的知見を収集・整理し、政策決定者に提供する国際的な専門家組織である。彼らがまとめる評価報告書は、各国の気候変動対策の基盤となる科学的根拠として広く参照されている。
大城准教授の数理モデルは、将来の地球環境を多角的に検証するための科学的基盤の一部を構成しており、国際的な議論においても参照される重要な研究成果となっている。
GX(グリーントランスフォーメーション)
経済産業省が提唱する、日本の産業戦略のこと。化石燃料を多用するこれまでの産業・社会構造を、クリーンエネルギーを中心とした構造へと転換することを目指す。単なる環境対策ではなく、「脱炭素」への取り組みを「経済成長」や「エネルギーの安定供給」と同時に実現させることで、産業全体の競争力を高めようとする包括的な変革のこと。
詳細を知りたい方は関連リンクの経済産業省のHPをご参照ください
ネガティブエミッション(Negative Emissions)
大気中にすでに存在するCO₂を「取り除く」ことで、排出量を実質的にマイナスにする取り組みの総称。
CCS(Carbon Capture and Storage)やDAC(Direct Air Capture)、BECCS(バイオマス発電+CCS)などが代表的な技術とされる。 排出削減だけでは1.5℃目標の達成が難しいとされる中、国際的にも重要性が高まっている一方、技術成熟度・コスト・大規模導入時の環境影響 など、実装に向けた課題も多い。大城准教授の講義では、シナリオA(ネガティブエミッション型)の中核をなす概念として紹介された。
【関連情報】
学内研究者向け【第7回GXサロン活動報告】 | 北海道大学グリーントランスフォーメーション先導研究センター
大城准教授が提唱する、高度な意思決定を支える数理モデルの世界について、先日の『第7回GXサロン活動報告』でも紹介しています。あわせてご覧ください。
【関連リンク】
大城 賢 (北海道大学大学院地球環境科学研究院・准教授) 研究室紹介:大学院環境科学院 大城研究室
GX(グリーントランスフォーメーション) (METI/経済産業省)
【公開資料】第3回「正解のない未来をどう考えるか」講義レポート(PDF版)